八橋売茶翁(方巌売茶翁)は宝暦10年(1760)福岡に生まれ、高遊外売茶翁(煎茶道の祖)と交流のあった相国寺の大典禅師から高遊外売茶翁の生き方や煎茶について学び、煎茶売りを始めた。江戸や東濃、三河や尾張に煎茶を広めるなど、煎茶道に大きな功績を残した人物である。そんな八橋売茶翁が最も力を注いだのが、ここ知立の八橋。在原業平が歌を詠んだ当時の美しい八橋を取り戻すため、在原寺や無量壽寺の再興を目的に日本全国各地で煎茶や漢詩、禅などを広めながら寄付を募ったのが八橋売茶翁である。今回は八橋売茶翁の愛した知立を巡る。




在原寺



在原寺を在原業平の詠んだ歌のように

文化2年(1805)に江戸を出て、東海道を旅する途中、当地に至り、『伊勢物語』で在原業平が歌を詠んだとされる八橋の地とはかけ離れた様子を目にした。特に、在原寺の荒廃に落胆した八橋売茶翁は、その再興に力を注いだ。全国で勧進を行い、文化6年(1809)に在原寺の再興を果たした。



在原寺と八橋売茶翁を想う街の人々


現在は無住寺院となっているが、寺の管理をしている方がおり、街の方が八橋売茶翁の再興した在原寺を守ろうと積極的に清掃活動を行っている。毎年、一人茶会や月見茶会が行われ売茶流のお茶が楽しめる。(コロナ禍ということもあり、次回開催は未定)




無量壽寺



無量壽寺と八橋売茶翁

八橋売茶翁は在原寺に引き続き、文化年間(1804~1818)に無量壽寺の再興にも尽力し、後に住職を務める。ここでは八橋売茶翁が手をいれた「心字池」を見ることができる。また、昭和44年(1969)に新池としてつくられた八橋かきつばた園も見事だ。4月下旬から5月上旬になると、かきつばたが美しく咲く庭園となる。

カタチを変えながら受け継がれる美しい八橋かきつばた園

昭和44年(1969)に新たに池が整備され、より多くのかきつばたが咲き乱れる美しい庭園となった。庭園面積約13,000㎡。うち約5,000㎡は池が占め、毎年約30,000本のかきつばたが咲く。こうして、八橋で美しいかきつばたが見られるのは、八橋売茶翁のおかげだと言えるだろう。



心字池周辺の庭園


境内にある「心字池」周辺の庭園は回廊式の煎茶式庭園となっており、当時も美しいかきつばたが咲き乱れたのだろう、そこで煎茶を楽しんだとされる。杜若池(心字池)は当時の趣を残し、今でも4~5月に美しいかきつばたを見ることができる。造園当初は遠景に岡崎市の村積山(三河富士と呼ばれていた)、近景には逢妻川が見えたそうだ。



燕子庵と玉川卓


園内の竹藪を抜けるとそこには茶室「燕子庵」があり、毎年史跡八橋かきつばたまつり期間中には、様々な流派の先生がお茶会を開いている。園内には、煎茶を楽しんだとされる玉川卓もある。




※今回は特別に燕子庵を撮影させていただきました。


八橋売茶翁の墓

その後、八橋売茶翁は訪れていた江戸で文政11年(1828)没する。八橋売茶翁は、無量壽寺に眠っている。
墓石には八橋売茶翁の漢詩で書かれた最期の言葉が残されている。

墓石碑文「山中春静梵/王家木版聲終/
解結跏七十年/間総芳夢今朝/
落盡昨朝花」

(訳)無量壽寺のある山中の春は静かなものです。木版(魚版…寺で時を知らせるために鳴らす木の板)の音も聞こえなくなり座禅も解きます。この七十年間の私の人生全てが夢のようです。昨日まで開いていた花が今朝になって散り落ちるようなものです。



※無量壽寺に許可をいただいて撮影しています。


八橋史跡保存館



八橋かきつばたの歴史と文化及び在原業平や八橋売茶翁ゆかりの品々が数十点保存されている。4月〜6月のみの開館だが、今回は特別に許可をいただき、八橋売茶翁の残した品々を紹介する。


◆紀州徳川家10代藩主、徳川治宝の書

音楽や文芸に造詣が深く「数奇の殿様」とも呼ばれた紀州徳川家10代藩主、徳川治宝の書、「通僊閣」。これは文政5年(1822)八橋売茶翁が紀州を訪れた際に賜った書である。


「通僊閣」徳川治宝書 無量壽寺所蔵

「通僊閣」徳川治宝書 無量壽寺所蔵


◆八橋売茶翁の肖像

知立市指定文化財「売茶翁肖像」無量壽寺蔵

知立市指定文化財「売茶翁肖像」無量壽寺蔵

知立を愛し、八橋のためにその生涯を捧げた八橋売茶翁の功績は日本全国で見ることができる。それは、在原寺や無量壽寺のために日本全国で勧進を行っていた証である。


◆八橋売茶翁が書き残した独健帳

独健帳は八橋売茶翁が書き残した雑記帳で、現在8冊残っている。これにより、八橋売茶翁の考え方や足跡がわかる。


「独健帳」無量壽寺所蔵

「独健帳」無量壽寺所蔵


◆竹製笈

愛知県指定文化財「竹製笈」無量壽寺蔵

愛知県指定文化財「竹製笈」無量壽寺蔵

県指定の文化財となっている竹製笈。笈は竹を網代編みにし、桐板や金具、つるを使用している。内部を3段に分け、上段に仏像、下2段に茶道具を収納する。旅の際にはここに生活用具を収納したとも伝わる。


ちょっと足を延ばして3中学合同煎茶会へGO

8/25に煎茶道 売茶流家元 友仙窟氏と知立市立3中学校による合同煎茶会が知立市文化会館(パティオ池鯉鮒)で行われた。毎年この時期に一般人にお披露目される。このように煎茶道売茶流はしっかりと次の世代に受け継がれている。



取材場所
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