石の都、岡崎に生まれ育ち、全国初の女性石職人として活躍されている上野梓さん。女性の石職人として注目されがちだが、職人魂を感じさせる確かな技術の職人だった。岡崎の伝統工芸である石職人になろうと思ったきっかけ、石に対する思いをお伺いした。

 いつ頃からこの世界に入られたのですか。

 父が石屋をやっていまして、高校を卒業してからすぐに弟子入りしたので、2000年から15年やっています。うちは三姉妹で、男の子に生まれていなければいけなかったなあという責任を感じていて(笑)小学校3年生の文集には、将来の夢はお父さんの跡継ぎになりたいと書いていました。

 お父様お母様は、石工さんになられるということに関してはどうでしたか。

 高校の三者面談の時に初めて母と先生の前で「父の跡継ぎになりたい」と言ったんです。母はびっくりしていました。父からは「生半可な気持ちでやるくらいならやめておけ」ということを言われました。

 お父さん、本当は喜ばれたのではないですか。

 後々話を聞いたら、嬉しい気持ちと不安な気持ちが半々で、母がとにかく心配していました、同じ女性なので。

 辛かったこともあったと思うのですが。

 最初は手がマメだらけになって苦痛もありました。お墓を建てに行ったり、家の通路を石で貼るなどの外仕事もあったので、セメントを練ったりツルハシで穴を掘ったりという肉体労働もあって、とにかく最初の1年はきつかったです。

 慣れてきたと思ったのはいつ頃からでしたか。

 絶対に無理ではないなと思えたのが1年くらいたった頃でした。それまでの私は、小さい頃の刷り込みで、石屋になるためにはまず男の子になろうと真剣に思っていて自分のことを「僕」と言っていたんです。それが、女性でも石屋がやれるかも知れないと思った時、初めて自分のことを「私」と言えるようになったんです。知らないうちに自分でもそういう気持ちがあったのかなということをそこで初めて気付きました。当初は、石を彫りたいというよりは、父と母ががんばって築いてきた石屋を途絶えさせたくないという一心でした。

 どのようなところにやりがいを感じますか。

 石屋の仕事は、人の思いを表したものです。故人を悼んだり、お庭を見て気持ちが和んだりといった人の気持ちに接しているものを具現化するということ、そこにやりがいを感じます。このような文化は日本人が受け継いでいくべきだと思っています。ところが今は、建てる場所がないだとか石の魅力がよく分からないというように変わってきています。私たちが文化を伝え、魅力的な提案をしていかないと廃れていくのはたぶん止めようがありません。自分達に何ができるかということをいつも考えながらやっています。

 岡崎は石の町と言われていますが、たくさん石屋さんがあったんですよね。

 最盛期は500軒くらいあったと聞いていますが、減り続けて今は120軒くらいです。15年ほど前からですが中国から安価なお墓が輸入されるようになり、その流れは止まる所を知らない状況です。


 梓さんはどのような作品を作られているのですか。

 手の平に乗るような招き猫や像さんなどを10年程前から作っていますが、そもそもそれをやりだしたのは、お墓や灯籠は高価で場所がないといけない、というイメージを覆したかったからです。もっと気軽に石に触れて欲しいという気持ちで小さなものを作りはじめました。すると、うちのわんちゃんを作って欲しいという依頼をお客様からいただいたんです。石屋になって3~4年たった頃です。

 お父様はどのような作品を作っておられたのですか。

 父は灯籠を作っていました。朝から晩まで灯籠を作っていれば飛ぶように売れたという時代でしたが、だんだん売れなくなってきて、どうしようかということで父はお墓もやり始めたり、オリジナルの作品を考えて作り始めたんです。このような流れのなかで「うちのわんちゃんも!」という依頼がいくつか来ました。お墓代わりにされる方も多く、受け取りにみえた時に涙をぼろぼろ流されて喜んでくださる。そんな時、とてもやりがいを感じます。



 どのように作っていくのですか。


 お預かりした写真を見ながらガ~っと彫っていきます。写真が正面からの1枚しか残っていなくても、それを見ながら作ります。同じ犬種でも顔や体つきが違うので毎回同じではありません。常に新しいわんちゃんを作っている感じなので毎日難しいです。「自分の作品を見てくれ!」という姿勢ではなくて、お客様の気持ちを大切にしたやり取りをしながら作品を作っていきたいと思っています。

 岡崎の伝統工芸を受け継ぐ者としての心構えをお聞かせください。

 岡崎の石屋として、石の魅力・伝統を伝えていくことももちろん大切なんですけれども、今の人達は、伝統への関心がなくなってきているような気がしています。ですからまずは石の良さを知っていただくということをやっていきたいんです。それから一歩踏み込んで伝統やお庭の良さなどを知っていただかないと始まらないのかなと思っています。大きな力ではないですけれども仲間と一緒に何かやっていけたらいいなと思っています。


インタビュアー
大嶋 宏美さん
大嶋 宏美さん

1979年生まれ。岐阜県出身。出版社勤務を経て西尾市一色町にて書店を営む夫と結婚。町の本屋の嫁として日々奮闘中。趣味は散歩と読書。