幽玄の世界を奥ゆかしく演出し、人の心の動きを微妙に表現する能面は、我が国固有の伝統的芸術品である。能面を伝統技法により制作することを「面打ち」と称する。今回は、日本能面巧芸会師範の外山陵雲氏に能面の魅力について語っていただいた。
日本固有の能は、いつ頃始まってどのように発展してきたのでしょうか。
能の大もとは散楽(さんがく)です。大陸(中国)から奈良時代に伝わってきて、寺や仏像などが完成した祝い事として散楽がやられていました。口から火を吹いたり刀を飲んだりといった奇術で、ストーリーはありませんでした。朝廷が「これは面白いから日本に根付かせよう」ということで散楽戸で養成しました。今の能の流派に相当する散楽チームが多く発生し、業を競い合っていました。
鎌倉時代、河原乞食といわれているような人たちが足利将軍の庇護を受けて生活が安定すると普通ならだんだん落ちて行く。ところが観阿弥・世阿弥親子は、その時に散楽をどんどん煎じ詰めて、能をつくっていったんです。観阿弥がある程度基本的なものを作って、世阿弥が完成させてストーリーを付けていった、というのが能のはじまりといわれています。
能で使われる能面は、見る角度によって非常にデリケートに表情を変えます。そういうところは観阿弥・世阿弥が、面打ち師に指示をして、このようなデリケートな面ができるようになったということです。
散楽のうちの物真似芸を起源とする猿楽は後に観阿弥・世阿弥らによって能へ発展し、大衆的な要素の一部は後に歌舞伎に引き継がれ、滑稽芸は狂言や笑いを扱う演芸になり、人形を使った諸芸は傀儡となり、やがて人形浄瑠璃へと引き継がれ、それぞれ独自の芸能文化を築いていきました。
能面はどのように発展していくのですか。
能があって、そのストーリーに合わせて能面を作ります。初期の段階では、能面そのものは確立されておらず30~40点の面しかありませんでした。それがだんだん世阿弥が幽幻を追い求めていきます。微妙な表情が欲しい。悲しいだけじゃなくてそこに喜びが見えるような表情が欲しい。女面は特にそうです。室町時代後期になると能面はかなり完成されてきます。
もともと能に興味があられたのですか。
能というよりも「能面」に興味がありました。ある時、デパートの美術展で能面を見ました。「いいなぁ」特に平安の女の顔は、なんとも言いようのない深さというか、幽幻というか、実物を前にして能面の虜になりました。
一目惚れですね。
そうです(笑)買うっていっても値段がわからない。それは多分、古い作品だったと思います。買えるものじゃないですよね、文化財ですから。それで「作ってみたい!」と思いました。今から思えば、ドンキホーテが竹槍で風車に挑むようなものです。無謀なことをしたなと思うんですけれど、とにかく作りたかった。
一番最初は翁を彫りました。らしい格好にはなっていくんですけれど本当の能面の難しさを全然わかっていないから・・・。ふたつめに作ったのが小面という若い女の顔なんですが、あれ?何か違うぞ、形だけ彫ればいいのではなく、微妙な表情があるんだなということがわかってきました。60種類、80面余りを打っていますが、どんどんどんどん難しくなってきています。特に女面は、目尻のちょっとした上がり下がりで表情がガラっと変わってしまいます。
人の顔を表現するとき、時々「能面のような顔の人」という表現をしますが、一般的にこれは表情を変えない冷徹な人という意味で使われています。しかし能面は無表情ではなく、喜怒哀楽の全ての表情の中間表情なんです。能楽師は顔に着けた面を上下左右に動かし、物語の進行に伴って喜びや怒り、悲しみや楽しさなど、演者の意図する表情に変化させるのです。この能楽師の動きや所作で、表面や内面の心の動きを表現できる面が優れた面なんです。これらの表情を表現できる能役者が優れた能役者なんです。演能動作の主なものに「テラス」「クモラス」という動作があります。前者は顔を仰向けると明るく、後者は俯かせると暗く悲しい表情に変化します。
また、特に女面では左右が非対称に作られているんです。橋掛りから登場する際は、悲しみや恨みを心に秘めて、面の右側を観客側に見せています。舞台の上で僧や呪師に回向を受けたり、旅人や我が子の霊に会ったりして、心穏やかに舞台を去ります。この際は顔の左側を観客席に見せて退場します。従って、左側は右より優しい表情になっています。左右の表情の差が見分けられた方は素晴らしい感性の持ち主です。
その他、能面の特徴の主なものとしては、目や歯に金属や金色が施された面があります。それは怨霊、霊、動物の精などです。髪の毛の乱れは心の乱れを表し、下歯のある面は位の低い卑しいものを表現しています。また、顔の白い面は貴族に多く見られます(野山にあまり出ない)。
彫っているときはどのようなことを考えているのですか。
この面はどのようなストーリーで使われるのか、ということをまずは頭に入れます。例えば、子供を失って悲しい表情、子供の霊に会って実際に抱こうと思ったけれども霊だから抱けないという悲しさ。そういうものを自分でどのように解釈してどのように表していくかということは非常に難しい。よくできたなと思っても、ある程度年数が経つと「あれ、ここおかしいぞ」というのが出てくる。実際に作っていく過程でも、その時々の気分、自分の心の位置、それによって見え方が変わってきます。朝昼晩でも変わって見えます。落ち着いた時、セコセコしてる時でも見え方が変わります。
例えばガタガタする椅子があるとします。ここが高いなと思って足を揃える為に切っていく。それがなかなかうまく合わなくて、とうとう座椅子になってしまう。それに近いようなことはあります(笑)。
微妙な表情だからこそちょっとした心の変化で見え方が変わってくるんですね。
能面師が彫り上げた段階で普通は完成なんですが、実はこれで完成ではないんです。能楽師が舞台で使う、そこで膏を吸ったり汗がついたり、使っていくうちにどんどん深みが出てきます。能面というのは、能で使う道具なんです。
外山先生は西尾市で能面教室を開催されていますが、伝統的な芸術品である能面の魅力について皆さんへメッセージをお願いします。
伝統技術を継いでいくことは大切です。しかし、そう大げさに考えずに楽しみでやればいいんです。自分で打って自己満足して、部屋に飾って、人に差し上げて、喜んでいただければそれでいいんじゃないですか。さらに深くやりたいというならば、またそういった指導の仕方があります。そういう方向でみなさんが学んでくれればいいと思います。
※この記事は2017年01月01日時点の情報を元にしています。現在とは内容が異なる場合がございます。