長田氏は、碧南の名店「小伴天はなれ 日本料理一灯」の店主であり、料理プロデューサーでもある。地元である南三河の食文化を次代へ伝えようと様々な活動を行っている。長田氏はどのような思いで活動をしているのだろうか。

長田さんは、素材を活かした優しい味わいの日本料理店「一灯」の料理人としてご活躍されていますが、どのようなこだわりを持って料理をされているのですか。

自分がお出ししている料理は、原則的には地元の食材を使って、その良さを皆さんに知っていただいて楽しんでいただくことをモットーにしています。愛知県は魚がたくさん獲れますし、お肉を作っている人もいれば野菜の人もいる。伝統野菜という昔ながらの野菜が35品目もあって、生産量も全国でベスト5に入ります。愛知県はこれだけ恵まれた土地です。さらに調味料も、岡崎の八丁味噌や碧南の白醤油、三河みりん、半田のミツカン酢、武豊にはたまり醤油などがあります。このような地元ならではの食材や調味料を組み合わせて、生産者と消費者をつなぐのは料理だと思っています。地域を「食」で盛り上げて行きたい、そんな思いで料理を作っています。

なぜそのように思われたのですか。

私は東京の一流料亭で修業させていただきました。修業から故郷である碧南に帰ってきた時、いわゆる「東京の料理」を作っていたんです。ある時、ひいきにしていただいているお客様から「東京から良いお客様を連れていくので腕によりをかけて料理を作って、一品ずつ説明してほしい」といわれたんです。「東京の献立をそのままやっておけばいいだろう」そんな気持ちで、東京の築地市場や良いといわれるものを全国から取り寄せて、当時思っていた一番良い料理を出したんです。ところがお客様に「美味しかった‥‥けど、これはここで食べる意味があるのか?」といわれたんです。地元の食材を使う訳でもなく、東京のお客様に東京の料理を出していたんです。その時「自分は地元のことを何も知らない」と初めて気付かされました。たとえば、八丁味噌という名前は知っていても、どのように作られているのかをまったく知らなかった。それならば見に行こう、ということで八丁味噌の蔵元へ行って話を聞いて教えていただきました。その後、みりん屋さんや農家さんなども見に行くようになりました。

献立はどのように考えているのですか。

小伴天にいた頃、毎日「刺身定食」を食べに来られるお客様がいました。毎日ですから同じものでは申し訳ない。だから毎朝、一色の市場へ行って、その日にあがった魚で刺身定食を作りました。付け合わせも毎日変えました。今日はどんな魚や野菜があるのか。献立を考えてから食材を集めてくるのではなくて、食材を見てから組み合わせを考えるようになって行きました。180度考え方を変えたんです。それもお客様のお陰です。
 市場で仲買さんに「これはどうやって食べると美味しいの?」と聞くと「これは煮た方が美味い、焼いた方が良い、天ぷらが良い」などというように教えてくれます。そうやって話を聞きながら地元ならではのいろんなことを吸収させていただきました。生産者の方々と仲良くなってくると「この人の思いを伝えたい」と思うようになってきました。そんな時期に、母校である愛知大学のオープンカレッジで「愛知の食を学ぶ楽しむ」という講座をやってみないかというお話をいただきました。しかし、講座で私が話すことは生産者さんから聞いたことを話すだけ。だったら直接生産者さんに来ていただいて話してもらった方が良いということに気付きました。そこで、八丁味噌の社長さん、おとうふ工房の社長さんなど、地元で良いものを作っておられる生産者さんを呼んで話をしていただき、私がそれらを使った料理を出すという講座をはじめたんです。とても好評でもう10年以上やっているんですよ。



他にはどのような活動をされていますか。

「せっかくなので、もっと生産者と語り合う会をやろう」ということで、醸造の社長さん達を中心に「南三河食文化研究会」という情報交換会をふた月に1回、高浜市でやっています。ところで、200年程前に碧南市で生まれた白醤油はご存知ですか? 地元の子供たちに「白醤油って知ってる?」と聞くと、ほとんどの子供が「知らない」という。ところが同じように岡崎市で地元の子供たちに「八丁味噌って知ってる?」と聞くと知らない子はいない。「岡崎城から八丁離れたところにあるから八丁味噌なんだよ」ということを子供たちが語ってくれる。碧南には白醤油という素晴らしいものがありながらほとんど知られていないんです。

それはもったいないですね。

碧南で一番知名度がある食材は「へきなん美人」というブランドのにんじんで「碧南はにんじんの産地」ということがすでにすり込まれています。「次は白醤油をすり込もう!」ということで碧南市役所さんと一緒に白醤油の出前授業を始めたんです。メーカーさんが白醤油博士になって「白醤油ってどうやって作るのか知ってる?」という話をして、その後白醤油を使った料理を作って子供たちに食べていただくという授業です。「碧南は白醤油が生まれたまちなんだ」ということを子供達に知っていただきたいんです。ところで、にんじんは好きですか?

好きかと言われると‥‥何かに入っていると美味しいですけど(笑)。

そうでしょ(笑)。昔、子供の嫌いな野菜ベスト3に絶対にんじんは入っていたようです。今は入らないですよ。それでは何故昔は嫌いだったのに今は嫌いではないのかというと、品種改良されているからです。甘くなって癖もなくなっています。それは良い面と悪い面があります。子供たちでも食べやすくなったというのが良いことのひとつです。では、悪い面はというと「昔の野菜はこんな味ではなかったよね」というように癖というか個性が消えてしまったこと。食べやすい野菜ばかりにしてしまうと野菜本来の味がわからなくなってしまうんです。昔の野菜をたまり醤油や白醤油で煮たりしたものが三河の郷土料理です。でも野菜に個性がなくなると郷土料理の危機でもある。野菜本来の味がする伝統野菜を残していかなければいけない。ということで「伝統野菜を楽しむ会」というのを定期的にやっています。

長田さんの料理は野菜が多いのですか。

和食でどのように個性を出していくのか、加えてその季節ならではの美味しさを考えたら、やっぱり旬の野菜を使った方がいいと思います。コース料理も野菜を魚や肉と組み合わせて、やはり野菜を多品種使うことによって味わいに変化を出しています。コース料理を食べても絶対に胃にもたれないと思いますよ。

和食についても活動されていますね。

今から5年程前に和食が世界遺産に登録されました。出汁のうま味を活かし、多品目の野菜を使って、油で揚げたりしなくても料理として成立し、なおかつ満足感があるというのは和食だけです。ところが、子供たちが日本独自である和食を食べる機会が減ってきているということが危惧されています。若い世代は朝がパンであったり、外食へ行くというと焼肉だったり‥‥。子供に好きなものを選ばせると和食がベスト5に入るのは回転寿司だけらしいです。和食の文化というのをもう一度きちんと伝えていこうということで毎月1回程、東京で「和食文化国民会議」の活動をしております。

最後に、これからについてお聞かせください。

地元ならではの食材を地元の人も誇らしく思う、そういう料理を出したいという気持ちで、今この店をやっています。遠方の人も地元の人も喜んでいただける。さらに、野菜や味噌、調味料を作っている人にも喜んでいただける。もし子供達が、八丁味噌や白醤油にしろ、その良さを知らなかったら残っていかない。だから昔ながらの地域の食文化を現代的にアレンジして提案していきたい。次代につなげていきたいんです。

食文化・食育活動

おとうふ工房石川社長と「南三河食文化研究会」を定期的に開催。あいち在来種保存会の高木さんや日間賀島観光ホテルの中山さんと知多半島うまいもん祭りを季節ごとに開催。愛知大学オープンカレッジ「愛知の「食」を学ぶ・楽しむ」講座の講師を担当。BS-TBSで放送の話題の調味料から日本の食文化を紐解いて行く大人のグルメ番組「ニッポンのさしすせそ」(2010年4月~)に、八丁味噌の応援調理人として出演。番組はDVD化されて発売中。一般社団法人和食文化国民会議幹事、新調理技術協議会幹事。


インタビュアー
竹内 裕子さん
竹内 裕子さん

西尾市一色町生まれ。西尾市の生涯学習講座や、お寺ヨガなどのヨガサークルを毎週開催。ヨガを身近に、健康、喜び、充実感を得てもらえるようにお伝えしている。