西尾市吉良町在住の書道講師である中村茂雄氏は現在85歳。2022年までになんと中部日本書道展で3回も最高賞に輝いている。昭和30年福井県の高校を卒業後、会社員として3年勤め、その後岐阜短期大学にて教員免許を取得された。昭和35年から公立の小中学校で38年勤め白百合学園は26年目。昭和39年から日本教育書道連盟の支部長や審査委員も務めている。もう60年以上も生徒と関わり、教育の現場に携わっている中村さんとはどのような方なのか。書への向き合い方や書き方、生徒へ教えてきたことなどを伺った。



本日はどうぞよろしくお願いします。まず、3度目の最高賞受賞おめでとうございます。


ありがとうございます。


さっそくですが、中村さんは小さい頃から書道の道に進みたいと思われていたんですか?書を始められたきっかけについて教えてください。


書は父の影響です。父は私なんて到底かなわない書の達人。兄弟は10人いますが書に関しては全員なんとかなっています。たいへん厳しい父で「しつけ・手伝い・人の物に手を出すな」ということは徹底していました。「物やお金がなくても心貧乏になるな」という父の教えもあり、兄弟は今でも仲がいいんですよ。


書道も教師になられたのもお父さまの影響がとても大きいのですね。大きな賞を受賞なさっているのでお父さまも喜んでいらっしゃるはず。


これも父の教えなのですが、賞を目当てにやっている人は実力がつかない。ですので、賞状もなにもうちには飾っていません。「人のためにやったものは値打ちが光らないからそんな書道ならやめときな」というのが父の口ぐせでした。


人のためにやったものは光らない、とても深い言葉です。お父さまの教えが書道を始めるきっかけになったということですか。


父の影響ももちろんありますが、きちんと書を始めることになるきっかけは昭和24年の落成式の作品展で6年生代表として「秋晴れ 山越え」という文字を書いたことです。先生に「算数や国語はできないけどやっぱりお父さんの子だなあ」と褒められて、これが書をきちんと始めようと思ったきっかけでした。


「秋晴れ 山越え」と書いた当時の中村さんの字を拝見したかったです。きっと力強い字をお書きになったのでしょうね。ところで書道は毛筆と硬筆どちらもなさるんですか。


硬筆に目を向けたのは昭和39年の頃のこと、毛筆だけではなく硬筆も書けるようになりたいと思い始めました。総合書道展に出品する際は毛筆、中部日本書道展では硬筆を出品しています。毛筆と硬筆をバランスよくやっていれば、関係性があるはずだと思いました。


毛筆と硬筆の関係性ですか。もう少し詳しく教えてください。


硬筆の場合はB4やハガキなどの決まりがあります。用紙の中にどうやってバランスよく入れるか余白の美しさに、気をつけながら書いていきます。分量と漢字とかなのバランスを見て書く。初出展の作品は漢詩でした。毛筆の時は漢字ばかりでしたので、これを硬筆で行書風に書いてみようと思いました。毛筆の基礎基本をやっていれば硬筆でも通用するのだと自信がつきました。心をこめて丁寧に書くというのは毛筆でも硬筆でも同じです。


令和元年に行われた第42回 総合書道展にて


令和2年に文豪夏目漱石の小説「夢十夜」の一節を書いた硬筆の作品 愛知県知事賞に輝いている


毛筆も硬筆も基本をしっかりやっていることが大切なんですね。芸術的に字をお書きになる方もいらっしゃいますが、中村さんは書道の基本を極めてこられた。


私の書道は芸術書道ではなく教育書道。展覧会のためのものの字ではありません。誰にでもわかる文字を書くこと。これは私の文字に対する気づかいです。上手に書くのではなく正しく美しく丁寧に書くことを大切にしています。芸術書道が悪いと言っているわけではありません。字の基礎基本を知らないと芸術書道も書けないと思います。


伝えることも書くことも、気づかいが大切。それって教育全体にも通じることですよね。生徒さんたちに教えていることがあれば教えてください。


私は教育者として生徒たちに「まずはお手本を見なさい」と言います。手本をよく見て基礎基本を学ぶことが大切。私の字は当たり前の字です。上手に書けと言われても書けません。文字は自分自身。のびのびと丁寧に、漢字やかなの成り立ちを知りながら書くことも大切です。小学校一年の子からひらがなは曲線で書く、カタカナは直線で書くということを教えています。ひらがなとカタカナは成り立ちが違うからです。


一文字一文字の成り立ちを知り、基礎基本をしっかりと学ぶことが大切ということですね。


文字は筆で書くんですけど、教えたいのは心で書くということ。そのためには挨拶や整理整頓も大事です。書道は継続していかないと意味がない。週に一回ならきちんと決めた時間に書道を続けてほしい。やらされる書道ではだめです。そして、自分の書いたものを大切にする人であってほしいというのが生徒に思う気持ちです。自分の身体から出てきた作品を丸めてゴミ箱に入れる子は字が上手になりません。


自身の身体から出てきた作品だから捨てたら上手にならない。当たり前のことですが、それをきちんと教えて下さると子どもも納得して素直に聞くと思います。教育の基本を私も学べて、とても嬉しいです。では、その子供達へ書道を通して中村さんからメッセージをお願いします。


私がお伝えしたいことは二つあります。一つめは「文字は人なり」ということです。文字を見ればその人の人柄がわかるということですね。上手に書かないでいいので、自分の身体から出た一生懸命書いた字は宝物だと思って欲しい。そして二つめは10分でも15分でもいいので「静かにひととき字を書く時間を」ということです。これは集中力をつける訓練。いざという時にきっと役に立つと思います。


文字を書くことの意味、すとんと腑に落ちました。基礎基本を正しく美しく丁寧にお手本を見て静かに書く。日本人として大切なことを教えていただきました。本日はありがとうございます。


日本教育書道連盟70周年記念選抜展

日本教育書道連盟70周年記念選抜展


今回みどりの為に揮毫

今回みどりの為に揮毫


インタビュアー
石原 智葉さん
石原 智葉さん

昭和48年9月4日に西尾市で生まれ育ち、OL時代を経て26歳で結婚。一級建築士試験(合格率10%難関試験)を44歳で取得。一般の方向けに自然素材を使った家づくりについて勉強会などを自社で開催しながら、設計業務をしている。普通の主婦から一級建築士になったからこそ培われた視点で西尾市や近隣の自然に寄与する家づくりを提案している。