伝統の技に若さと繊細さと華やかさをプラスして、独自の作品づくりに挑戦する女性鬼師、伊達由尋さん。元アイドルの経験を活かしながら、イベントなどの場で瓦のすばらしさをPRし、業界全体を盛り上げる活動にもいそしんでいる。
伝統的な鬼瓦を作っている会社と伺いましたが、歴史は古いのですか?
いいえ、伊達屋は平成16年に私の両親が始めた会社です。
意外に若い会社なんですね
この会社自体は若いんですが、もともとは母の実家が鬼瓦を作っていました。高祖父は天才鬼師として知られ、また祖父は鬼師の技能を認定する試験問題(愛知県鬼瓦技能製作師評価試験)を作った人です。
鬼師とはどういう人ですか?
鬼瓦を作る専門の職人のことで、一般的な瓦職人とは違う熟練の技が求められます。実は私の祖母が鬼師の試験に合格した女性鬼師の第1号なんですよ。
それは驚きです! 以前から女性の鬼師がいたんですね。
はい。私の母も鬼師になりましたが、叔母が家業を継いだので母は結婚して郷里を離れました。会社員だった父の仕事の関係で、私も7歳までは大阪にいたんです。その後男手が必要になり、両親は高浜に戻って新たに会社を興しました。徐々に従業員が増えて平成25年に法人化し、今は3つの工場で製造しています。
ずっと鬼瓦を作ってきたのですか?
最初はプレス機で鬼瓦をはじめとする役物を専門に作る会社でした。現在は手づくりの鬼瓦や瓦以外の特注品も製作するようになりました。
そもそも鬼瓦ってどういうものなんでしょう?
屋根の飾りのように見られがちですが、建物に雨が入らないようにする大事な役割があります。そして、天候や自然を司る守り神や、魔除けの役割も果たしてきました。
重要な役目を持っているんですね。ところで、三洲瓦という言葉をよく耳にしますが、三河には瓦屋さんが多いのですか?
そうです。三洲瓦は日本の三大瓦の一つで、全国の70%を生産しています。鬼瓦で有名な産地は淡路(兵庫)・石州(島根)・三河(愛知)ですが、三河の中でもこの高浜・碧南辺りが中心です。
なぜこの地域で瓦づくりが盛んになったんですか?
近くの安城で良質な土がとれ、輸送(水運)の便利なこの地域が加工に向いていたからだと言われています。
先ほど、お母さんも鬼師だとおっしゃいましたよね?
そうなんです。私は23歳の時に母と一緒に試験を受けて、一緒に合格しました。
三世代続く女性鬼師なんですね! 由尋さんが鬼師を目指したのはいつですか?
子どもの頃はクラシックバレエを習っていて、踊ることで自分を表現したいと思っていました。アイドルを目指したのもバレエ経験があったからでしょうね。でも中学生のとき職業体験で初めて瓦づくりに挑戦してものづくりの楽しさを実感し、ものを作ることでも自己表現はできると思いました。その頃から自分が進むべき道を絞りはじめました。
アイドルを目指したというのは…?
18歳のとき、碧海5市の地域活性化に一役買うアイドル募集のポスターを近所のスーパーで見て、応募しました。高校卒業後に家業を手伝うようになって地域産業をもっとPRしたい気持ちが出てきたし、体で自己表現したいという想いもあったから。家の仕事とアイドルをかけもちでやっていくうち、徐々に瓦を作ることのほうが楽しくなって、1年後にアイドルはやめ、20歳で真剣に鬼師を目指そうと決意しました。鬼師の先生方の下で修行もさせていただきました。もちろん今も日々勉強中です。
普段のお仕事の内容を教えてください。
鬼瓦は手づくりの場合、一から粘土で作っていくか、あるいは型を使って大まかに形を作った後に手で細かく彫って仕上げるか、いずれかの方法で作ります。機械で作る場合でも手作業による仕上げが必要で、完成までにかなり時間がかかります。やはり手づくりにはこだわりを持っています。最近は鬼瓦以外の受注も増えてきました。
どんなご注文ですか?
ネームプレート(表札や看板)は人気ですね。瓦の風合いを活かしたオリジナルのプレートはおしゃれで温かみがあり、芸能人からのご注文もあるんですよ。他にも傘立てや灯籠、ストラップのような小物など、いろいろな作品づくりにチャレンジしています。
とっても素敵ですね! 作品づくりで特にこだわっていることは何ですか?
バレエって、前から見たら美しくても、横から見たらそうでもないことがあるんです。そういうのを見てきたからでしょうか、やっぱりどの面から見てもキレイなものを作りたいという想いが強いですね。
お母さんとご一緒に作品づくりをしますか?
母は造形が得意なので新しい形を創造し、私が手彫りなどの技を駆使して仕上げるというように、得意分野を活かして一つの物を分業して創り上げたりします。
やりがいを感じるのはどんな時でしょう?
私がデザインしたオリジナル作品をほめてもらえたり、気に入っていただけた時は本当に嬉しい。女性ならではの感性を活かした華やかでしなやかなデザインの鬼瓦や、繊細な彫りが美しいランタンなどが評価されたら、ますます頑張ろうと思います。
反対に、悩みはありますか?
私個人のことではなく、業界自体の後継者不足がすごく心配です。うちは幸いなことに弟も今年入社して今修行中ですけどね。屋根瓦そのもののニーズも減りつつあるし、業界全体としては不安材料が多いですね。
競争に勝って生き残るというお考えはありませんか?
瓦職人の仕事は、粘土の配合、私たちのように粘土で成形、それをいぶし瓦や釉薬瓦に焼き上げるなど、専門職による分業体制ができています。みんなで作っているので、どこが欠けても衰退するでしょう。業界全体を盛り上げていかないと!
では、今後のビジョンをお聞かせください。
最近は積極的に展示会などのイベントに参加して、新しい作品を発表したり、瓦や瓦製品のよさを説明したりしています。瓦はコストが高いとか災害に弱いといった誤解を払拭し、天然素材で環境にやさしい瓦本来のすばらしい点をどんどんアピールしていきたいと思っています。そういうことを地道に続ける中でリピーターが増えてきて、商談につながるようになってきました。そして、やはり最も大事なのは後継者づくり。たとえ瓦の需要が減っても、技術が残っていればいつでも作れるのだから、芸術作品や瓦を応用した作品を作りつつ、鬼師としての技術を磨き続けていきます。
※この記事は2019年10月01日時点の情報を元にしています。現在とは内容が異なる場合がございます。