愛知県豊田市に工房を構える「オカリナ工房ヒロミチ」のオカリナがオカリナファンの間で話題になっている。澄み切った音色、音程の安定感、黒光りしたディテールの美しさ、クオリティ、販売後の真摯なフォローなどがその由縁だ。三笠宮殿下に献上されたこともある。作るだけではなくコンサートも愛・地球博や比叡山延暦寺、四国神山町で人形浄瑠璃とのコラボレーションなど、精力的に活動を続けている。そんな癒しのオカリナはどのような想いで作られているのだろうか。インタビューではとても温かい人柄がにじみ出ていた。

 オカリナは子供から大人まで多くの方々の心を魅了していますが、その歴史について教えていただけますか。

 19世紀の頃にイタリアのヌードリオ地方でドナーチという菓子職人がそれまであった土笛に音階をつけたのがルーツといわれています。日本では1943年に明田川孝氏が初めて製作をはじめました。その後、オカリナ研究・創作家である火山久氏らが後を継ぎ、そこから有名な宗次郎氏が輩出されました。

 オカリナとはどのようにして出会ったのでしょうか。

 私は当初、ギタリストを夢見て練習を重ねてきました。実力を試すためにコンクールに挑戦して入賞したり、クラシックギターの個人リサイタルを行ったりしていたんです。リサイタルではギターテクニックの未熟さ、曲の難しさもあってお客さんとの対話ができませんでした。ただ礼儀的な拍手を受けるだけで距離が遠く感じていたんです。その頃は、音楽ってこんなものなんだろうかと思っていました。
 ところが、オカリナを制作し演奏する友人からギター伴奏を頼まれて演奏会を行ったんです。「ふるさと」など、誰でも知っている曲を演奏しただけなのにお客さんの反応が違うんです。目に涙を浮かべている方もいました。これはいった何だ?今まで私のやってきたことは何だったんだろう?長年積み上げてきたものがもろくも崩れ去った時でした。お客さんがこんなに近くに感じられたのは初めてだったんです。これがオカリナとの衝撃的な出会いでした。

 オカリナを自ら作り始めたのは、何に魅力を感じたからですか。

 音色ですね。心の琴線に触れるような、昔を懐かしむような独特の音色なんです。この音を自分の手で作ってみたい。そんな思いから友人にオカリナ作りの手ほどきを受けたんです。数十個作って初めて音が出るようになり、百個以上作ってようやく曲らしく吹けるオカリナができるようになりました。陶芸家の方は、オカリナを作ることはできてもちゃんとした音が出ないと思うんです。音程の微調整がとても重要なんですね。焼き物なんですが、それ以前に楽器なんです。
 その後、福祉の関係で三笠宮殿下が豊田にお越しになったとき、演奏を聴いていただける機会に恵まれて、演奏後、殿下のために作ったオカリナを差し上げ、とても喜んでいただきました。この出来事はオカリナ作りに励むきっかけになったと思います。



 オカリナを作る際、どのようなことにこだわっているのですか。


 最もこだわっているのはやはり音色ですね。低い音は全てを包み込むようなふくよかな音で、高音はどこまでも澄んだ濁りのない音色を追求しています。良い土を探すことから始まって、完全手作りの素焼き(黒陶)。塗装はしません。焼く時間も試行錯誤を繰り返してきました。この色と光沢は、長い年月をかけてたどり着いたものです。
 また、販売の際は、現物を吹いていただいて納得していただいてから購入してもらっています。通信販売の場合は、2本お送りして両方試奏していただき、1本戻していただくということもやっています。気に入らなかった場合は2本とも送り返してもらっているんです。アフターケアもとても大切にしていて、修理については、1年以内ならば基本的にすべて無料で修理させていただいています。修理ができない状態であれば新しいものをお渡ししています。あるお客さんからは、こんなことで商売になるんですか?と言われました。
 どうぞこのオカリナを実際に吹いてみてください。

 なるほど、温かくて懐かしい音色がします。素晴らしい。色もいい色が出ていますね。

 何でもいいからオカリナを作って売る、という考え方は、もとから私にはありません。粗悪なものは絶対に世に出さないというのが私の信念なんです。

 素晴らしい信念ですね。ところで、何故オカリナを作り続けたいと思われているのでしょうか。

 自分の納得した音色が何本作っても出ない訳ですよ。だから自分が理想とする音を追い求めて何本も何本も作る。それの繰り返しなんです。そうすると、以前は出なかった音色が出るようになってくる。でもまだ納得できない。理想は少しずつ変わっていきます。これからもこのような試行錯誤を繰り返していくんだと思います。
 それから、ご購入いただいた皆さんがとても喜んでくれるんです。喜んでいただけることが好きなんです。これが作る意欲をさらにかき立てるんですよ。
 そして、オカリナには人の心を癒す不思議なチカラがあるんです。たくさん作って多くの皆さんに吹いていただくことによって皆さんが優しい気持ちになる。素晴らしいことだと思います。
 皆さんが癒される、それは自分が癒されることなんです。体力の続く限り、私はオカリナ作りを続けていきたいと思っています。


インタビュアー
畔柳 千尋さん
畔柳 千尋さん

神戸大学大学院で文化の街づくりを学ぶ(学術博士)。西尾市の養寿寺の長女として、現在はお寺でイベントを企画。趣味は雅楽の笙と琵琶。