おいしくて安全なお米、一度食べたら忘れられない味を」が小久井農場の原点。化学肥料や農薬に頼らない有機栽培にこだわる。借り受けた農地を中心に350haの農地は、きわめて広い。水稲(72ha)、大豆(80ha)、麦(75ha)はじめ、各種野菜を育てる。約30台の大型農機を導入し、広い農地で効率的な作業を進める。ラジコンヘリコプターで微生物(善玉菌)を散布、稲の表面をコーティングし、病害虫に強い稲を作っている。加工部門では「いなか味噌」「黒大豆味噌」などを年間15t製造販売している。社員は30人。年間売上げは2億円を超える。
 「変わらざるをえない。生きのびるための試行錯誤です」という代表の小久井正秋さん。小久井さんの農業経営の秘訣は?と興味津々、岡崎市岡町の緑の風がなびく農場へ、小久井さんをお訪ねした。

 小久井さんの少年時代は、どのように過ごされていましたか。

 僕は未熟児で生まれ、近所の人は「この子は育たないぞ」と言っていたそうです。それでも親の愛情で元気に育ち、腕白坊主になって。学校帰りに果物やトマトとか取って食べたりして叱られました。

 子供の頃の懐かしい思い出ですね。

 山へ行けばヤマモモがある、ザクロ、アケビ、野イチゴ、オカモモ、椎の実がある、栗がある。家来の子を連れて行って、取らせて持ってこさせる。後で分配するわけです。大きい者が沢山もらって、小さい者はちょこっと。そういう、縦の系列と言うの、きちっとしとったわね。

 今の農業への関心というのはいつ頃からですか。

 僕が始めたのは二十五歳からです。それまでは肥料、飼料の会社に勤めていました。家が畜産をやってたから。それから農業の方に、ということです。

 有限会社として新しい体制になったのはいつからですか。

 平成元年です。ちょうど、農業離れの時期で、一般の農家の方がしっかり守ってきた田畑も採算が合わなくなってきた。やってくれる人にやってもらおう、という形になった時に、僕が後を受けて始めた、ということで、急速に広まった。やるには、やはり面積がないとだめなんです。コストを下げるには面積をこなすしかない。今うちでは田んぼだけでも350、畑だと500軒以上の家の土地を預かって、やらさせてもらっている。じゃ作業に500人要るかというと、うちは30数人しかいない。どこでコストを下げるかというと、やはり人件費が一番。農機具の台数も少なくてすむ。何十分の一で済むわけです。自然とそういうふうになってきたと言えます。

 有機農法に対するこだわり、きっかけとか、苦労されたことを聞かせてください。

 もともと僕は畜産をやっていましたので、堆肥はありました。でも、圃場整備で、他の田んぼへ行くと、もう全然土が違うわけです。お米もおいしくなかった。なぜだろう、やはり堆肥を使ってやった方がおいしいお米が取れる、ということを感じて。もう一つは、農薬、化学肥料を、どんどん使って取るよりも、安全なもの、安心できるもの、やはり自分が食べてもおいしい、心配をしないで食べられるものを提供していくというのが、僕らの任務というか、務めじゃないかなと。

 お米のほかにも、いろいろ商品を作られていますね。反響とか、今後の計画は。

 これからは自分で作ったものは、自分で値段をつけ販売していく、直接消費者に食べていただく。それでないと、長続きしないですね。

 売り上げの状況は順調に、と聞いていますが。

 年々伸びていますよ。今年もお米の生産が足らないので困っています。


愛情がないと作物は育ちません―と小久井さん。(事務所で)

 これからの小久井さんの計画、課題、夢とか聞かせてください。

 僕も親父のあとを継いだけれども、三人の息子が一人前になって、やってくれればそれでいい。長女が結婚してもう子供が三人もいます。みんな一緒にやっています。僕は長男を育てただけです。仕事のことも、何にしても。彼がまた下の子に教えていくから。農家なら使ってくれるだろうと、軽い感じで来る人もいるけど、続かないですね。作物を育てる喜びを噛みしめる人、愛情のある人でないと、作物は育ちません。

 そういうのは、やはり伝わるのですか。

 以心伝心します。子供を育てるのと一緒なんですね。休みなく目を離さないようにしてやる、気をゆるさない、状態を常に把握している。そういう気持ちがないとできない。愛情がないとできない。

 岡崎に対する思いとか、若い人達へのメッセージをお願いします。

 そうですね。受けた恩を返せるような人間になって欲しいということじゃないかな。恩を感じないから、感謝ができない。感謝ができないから、人の心の中というのが分からない、見えないというか。だから次に何をしていこうというのが出てこないのじゃないかな。

 やってもらって当たり前と思っているのでしょうか。

 一番の恩というのは、この自然界、宇宙。それが分からないと人間に対しても感謝できないと思う。水にしても、光にしても、温度にしても、全部自然からもらって、初めてできるものです。僕らは種を蒔くとか、刈り取るとか、管理しているだけのもので、育てるのは全部自然界がやってくれる。
 食べるものも全部命がある。その命をいただきますということです。あとは「無償の愛」と言うか、それが出せるか、どうか。人間は太陽の光がなかったら生きてはいけない。自然はこれだけ与えたから、これだけ返せとは言わない。人間だけだね、「あれやったから返せ」とか言うのは。

 こういう有機農法をされる前に、いろんなところを、見に行かれたのですか。

 特に他を見なくても、うちでやれますから。幸い、僕は好きなようにやっていいということで、やらせてもらってきました。沖縄には、マンゴ、ニガウリなどを作るのを教えに行ったり。北海道の人もいろいろ聞きにみえる。流通の面だと、本物が分かる人はちゃんといます。注文を受けて送っています。買いにみえる人もいます。多いのは高級料理屋さんです。日本料理は最後のお米と味噌汁がおいしければ、先の料理が全部生きるんです。今日も保健所の食育の体験ツアーが来られた。幼稚園、小中学校の見学や体験も十数校受けています。子供たちにも生命の大切さを分かってほしいと思っています。


小久井農場の田んぼで、田植え体験をする子供たち。


インタビュアー
川島 憂子さん
川島 憂子さん

ハープ奏者。2歳より音楽の基礎、4歳よりピアノを始める。1997年、スコットランドでハープに出逢い、転向。名古屋を中心にコンサート活動中。第9回大阪国際音楽コンクール入選。西尾市在住。