敷地内に佇む煉瓦の建物をご存知でしょうか。岩瀬文庫のシンボルにもなっているその建物は旧書庫と呼ばれています。明治41(1908)年に開館した私立図書館岩瀬文庫が行った大正5(1916)年から同10(1921)年にかけての増改築の際に建てられたのが二代目書庫(現・旧書庫)と児童館(現・おもちゃ館)です。現在この2つは国登録有形文化財となっています。
「書庫」は本を保存していくための建物や部屋です。地上3階、地下1階、外観は煉瓦様の硬質タイルで覆われている西洋風の建物、内部は床・天井・書架すべてが木造の旧書庫には本のために様々な工夫がされています。そこには蔵書を未来永劫守り伝えていこうとする創設者・岩瀬弥助の思いがこめられています。
床や書架がすのこ状になっているのがわかるでしょうか。空気のとおりをよくし、湿気をこもらせず本の敵であるカビを発生させないようにしています。内壁の厚い漆喰は、外気からの急激な温度変化を防ぐ役割を、外側の煉瓦は耐火煉瓦を使用し内部まで火が及ばないようにしています。屋根には地元名産の三州瓦を用いており、漆喰、煉瓦という日本の伝統的な建築技術と西洋から入ってきた新しい技術を組み合わせて造られているのです。また、書架や階段の手すりには彫刻の装飾がなされており、階段の踏み板などには大きな1枚板。ただ本を入れるための建物ではなくお金と手間をかけこだわりをもって造られました。
昭和19(1944)年、20(1945)年に当地を2度にわたる大地震が襲います。家屋が倒壊し多くの死傷者が出るなど市内の惨状は酷いものでした。もちろん岩瀬文庫も例外ではなく、本館が倒壊するなど被害は甚大でした。しかし、異様なほど堅牢な旧書庫は倒壊を免れ、そのおかげでおさめられていた蔵書は守られたのです。今ものこる内壁の大きな亀裂が地震の大きさを物語っています。当時、戦時下で国民の戦意喪失をおそれ被害は微少であったという報道がされたため、周囲からの援助はほとんどありませんでした。そのような状況でもし旧書庫が倒壊していたら、文庫の本が今日まで伝えられることはなかったでしょう。旧書庫が残ってくれていたおかげで岩瀬文庫は守られたのです。
その後、平成15(2003)年に博物館としてリニューアルオープンするまで旧書庫で蔵書は保存されてきました。岩瀬文庫が現在まで伝わってきたシンボル的な存在として、ロゴマークのモチーフに使われています。普段は内部非公開ですが、毎年10月に開催するにしお本まつりで年に一度の特別公開を行っており市民ボランティアの案内・解説つきでご覧になれます。その機会には西尾の宝をこれまで守り伝えてきた歴史に思いを馳せてみてはいかがでしょうか。
※この記事は2018年01月01日時点の情報を元にしています。現在とは内容が異なる場合がございます。