高浜市で、かつて活躍した懐かしい「だるま窯」が甦った。瓦造りの原点を伝え、“瓦のまち高浜”の継承、発展につなげたいとしている。
瓦生産日本一の三州瓦の主要産地・高浜市。三州瓦はいぶし銀の瓦で、同市、碧南市、半田市の一帯で、約300年の歴史がある。いぶし瓦を焼いただるま窯は、粘土や古い瓦、藁などを混ぜ合せて積み上げ、幅3.5m、縦は煙突を含め2.5m程になる。だるまさんが座っているように見える。焚口が正面と裏側の2か所あり、両脇の戸口から瓦の出し入れをする。
一度に瓦1,000枚までの焼成能力がある。薪を焚き(のちに石炭、重油も)温度を上げると、火を止め、松葉や松材を焚いていぶす。このいぶしで、銀色の膜が付着し、黒びかりするいぶし瓦が焼成される。24時間から30時間焼き、2日後に窯出し、余熱のあるうちに次の瓦を積み込んでいた。
約30年前までは、だるま窯は市内に点在し、黒煙を立ち上げていたが、瓦メーカーの機械化が進み、多くは取り壊された。唯一、同市田戸町の丸栄製瓦に1基残った。今は全国でも数基しか残っていない。大正時代から約70年間使われてきた窯で、稼動可能なものとしては日本最古のだるま窯という。この窯を修復し、古式製法を再現。先人の心意気を伝えたいと、昨年9月、復元プロジェクトを設立。30人のメンバーから、地域の人たちも加わり、50人以上の人たちが協力した。
昨年12月11日には晴れて火入れ式を実施。昔ながらの手作業で造った瓦600枚と、市立港小学校の卒業記念の陶板を、新装だるま窯で無事焼き上げた。この日に合わせ、全国の瓦メーカー関係者による「だるま窯サミット」も衣浦グランドホテルで開かれた。
窯元の若い後継者たちも、昔の製法を体験し、学ぶことは多かったという。プロジェクト実行委員長の鈴木幸利さん(鈴幸社長)は「若い世代を育て、夢を与えていきたい。これからも年1、2回はイベントを組み、窯の文化を継承していきたい」と語っている。
※この記事は2011年07月10日時点の情報を元にしています。現在とは内容が異なる場合がございます。