承久の乱(1221年)後、三河守護職、吉良荘等の地頭職に補任された足利義氏の当初の後継者は長男と伝えられる長氏であった。しかし、のちに足利本宗家を継承したのは弟の泰氏で、長氏は吉良荘を譲り受け吉良氏、その分家の今川氏の祖となった。彼の生涯を辿る。
長氏の出自
まず長氏の読であるが後世の各種書物では、「ながうじ」とするものがほとんどであるが、吉良氏の菩提寺実相寺(西尾市上町)代々の住持の言い伝えでは「おさうじ」とする。また、後世の編纂物等では「吉良長氏」と表記されるが、実際に長氏の系統が足利から吉良に名乗りを変えるのは足利尊氏が征夷大将軍に補された暦応元年(1338)から康永2年(1343)の間のことである。当初は足利氏嫡男の仮名「三郎」を称したと思われるが、『吾妻鑑』には「足利五郎長氏」として登場する。
長氏は『寛政重修諸家譜』によれば正応3年(1290)、80歳で死んだとする。逆算すると建暦元年(1211)の生まれである。『今川家譜』によれば、長氏は足利義氏の長男であったが、母親の家柄の違いで庶子とされ、北条泰時の娘を母とする弟の泰氏が足利本宗家を継ぎ、長氏は吉良・今川氏の祖となったとしている。この経緯により、吉良氏は室町期に石橋氏、渋川氏とともに御一家(御三家)として重きをなし、中でも吉良氏はその筆頭として管領以上の高い家格を保持した。なぜ吉良氏の家格が高いのか、このことは、あとでふれたい。
源家相伝の名刀「髭切」と長氏
西尾城の本丸に鎮座する御剣八幡宮は、足利義氏が城内鎮護のため勧請したといわれる神社で、伯母の北条政子から賜った源家相伝の名刀「髭切」を白旗(源氏の標章)一流とともに納め御神体としたと伝えられている。また、伝承では足利義氏が長男にして足利氏の家督を継承できなかった長氏を哀れみ、長氏に源氏の宝物、白旗宝刀を密かに渡したとされる。
「髭切」とは平安時代に清和源氏の始祖源満仲が異国人の鍛工に作らせたもので、その切れ味を死囚で試したところ髭まで切れたことが名前の由来とされる。源頼朝は平清盛に敗れた平治の乱(1160年)のとき尾張国のある御堂の天井裏に「髭切」を隠したが、清盛に尋ねだされその所有となり、後白河法皇の所望により法皇に寄進されたようである。建久元年(1190)、頼朝が後白河法皇に拝謁したときにこの「髭切」と再会して涙を流したことが『保暦間記』に記されている。
その後の「髭切」について史実を追うと、京都のある霊社に保管されていたのを幕府の有力御家人安達泰盛が探し出し、鎌倉の法華堂の御厨子に納めたようである。一時行方不明になったようだが、弘安9年(1286)12月5日に執権北条貞時により再び法華堂に奉納され、その際、宝剣は赤地の錦袋に包まれた。赤は平氏の標章であり、将軍家を平氏(北条氏)が守るという意味のようである。
どうやら御剣八幡宮の御神体は「髭切」ではないようで、別の源氏ゆかりの宝刀が納められたものか。
なお、御剣八幡宮は、松山(西尾市山下町カ )から足利義氏が現在地に移し、周りに八幡宮を護持する六坊を置いたとされるが城郭拡張の際、城下各地へ分散したと伝えられる。(八幡宮六坊については表1参照)
長氏の吉良荘継承
『吾妻鑑』では長氏は、安貞2年(1228)から寛元元年(1243)までの間に御家人としての活動が見いだせる。あくまでも推測だが、最初は足利本宗家の嫡子として幕府に出仕したものではなかろうか。しかし、その後北条得宗家を母とする弟泰氏に家督を譲ることになった。このことが、同じく一門の斯波氏と並ぶ吉良氏の家格の高さに結びついているのではなかろうか。そして、足利氏家督の代わりに吉良荘を継承していくことになる。
当時の吉良荘の領主は九条道家であり、将軍藤原頼経の実父であった。『愛知県史 通史編2 中世1』によれば、執権北条泰時の没後、その地位を継いだ孫の経時と頼経との間で権力闘争が展開され、寛元2年(1244)になって頼経が将軍の座から退くことになり、その直前まで長氏が幕府で活動していたことが指摘されている。当時の長氏は左衛門尉で検非違使を兼ね、従五位下という大きな昇進を果たしていた。長氏が吉良荘地頭として荘園領主の九条家と関係を深め、将軍頼経のもとで重用されるようになり、そのために幕府内の政争に巻き込まれ、頼経側の後退とともに失脚したとの見解である。長氏はのちに今川氏が継承する「上総介」に任官するが、このとき鎌倉を離れ吉良荘に隠棲したのであろうか。
地元には建長3年(1251)に長氏が建てたと伝わる鶴ケ崎天満宮(西尾市鶴ケ崎町)がある。また、長氏の妻は本成大姉といい長寿尼寺跡(西尾市巨海町)には、その墓といわれる立派な宝篋印塔が遺る。長氏の法号は新御堂殿といい八ツ面山(西尾市八ツ面町)近くにその地名があるが、何か関係するのであろうか。
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