噛むほどに小麦のうま味が。
「食」というのは不思議なものだ。新聞のコラムにこんな話があった。どこかの小規模学校の給食でカッターを導入したところ、調理員は労力削減と喜んだが、子どもたちの情緒が不安定になり包丁に戻した、と。食事は体を養うものだが、元気を養う素は、「手間ひま」という名の調味料なのかもしれない。
そんなことを考えながらダーシェンカのドアを押すと、パンの芳ばしい香りが漂う。赤レンガを積んだ石窯から、出来上がったばかりのパンが顔をのぞかせていた。まるでヘンゼルとグレーテル、はたまた魔女の宅急便の世界だ。
自家製の天然酵母菌から発酵させたタネを、じっくりと薪の余熱で焼く大昔からの製法そのまま。素材も低農薬国産、有機栽培にこだわる。量産はできようはずもなく、一つ一つが丁寧に作り出されていく。焼き立てのダーシェンカ(店と同名の大型のパン)を一口頬ばってみた。皮はパリパリ、中はもっちりの理想的な焼き上がりだ。バターや卵が入っていないから、噛むほどに小麦のうま味が伝わり、しだいに口の中でクルミやレーズンのほんのりとした甘味と溶け合っていく。飲み込むのがちょっと惜しい感じだ。
自分でパンを焼きたくなった人には、石窯のパン教室も開かれている。職人の技を体で知れば、「食」の奥の深さも味わうことができるだろう。
※この記事は2000年04月10日時点の情報を元にしています。現在とは内容が異なる場合がございます。