岡崎市西部地区は、北から南へ流れる矢作川の西側にあり、昭和30年(1955)岡崎市に合併されるまでは、碧海郡矢作町であった。西側と南側は安城市に、北側は豊田市に接している(図1の7)。
現在、この地区で史跡と認定されている古墳は22基(内滅失9基)ある。北からⅠ北野支群、Ⅱ橋目支群、Ⅲ小針支群、Ⅳ和志取支群、Ⅴ宇頭南部支群、Ⅵ和志山支群、Ⅶ宮地古墳に分けられる。Ⅰ北野支群を形成する古墳は、現在すべて壊滅して1基も残っていない。北野町字高塚、字郷裏地内に分布していたと伝えられている。
Ⅶ宮地古墳は、Ⅵ和志山支群の立地する台地より南東約500mの沖積低地、西本郷町字御立地内の和志取神社境内に独立して1基のみ現存する。現状で高さ約3m、東西径約17mを測る円墳である。(写真1)古墳の背後、田畑の北にある西本郷集落は、宮地、東本郷、冨永、大庭と南北に連なる集落がある自然堤防上。
この西本郷町の和志取神社の旧名は長谷部神社。古書によると、①本郷村の旧名が「長谷部」であって「鷲取」の南にある、②本郷明神が長谷部森にあり、専ら瀬部明神として知られ、③瀬部の宮、瀬部の森と呼ばれていた。この瀬部明神は明治3年(1870)に長谷部神社と改称。境内には大日堂があって平安、鎌倉時代の仏像数体が安置されていたが、明治初年廃仏毀釈の際、現在の所に移転したとのこと。古く奈良時代の書には、参河国から白鳥を献上した「参河国碧海郡人長谷部文選」とあり、碧海郡に長谷部を姓とする人々が住んでいたと考えられる。さらに遡って,「景行天皇の子五十狭城入彦命が、三河長谷部直祖」とされている。
さて東本郷、西本郷、北本郷の「本郷」とは、何郷の本郷なのだろうか。10世紀の書には碧海郡には15ヶ所の郷名があげられており、Ⅴ宇頭南部支群の辺りは、鷲取郷に属していると考えられている。大岡郷は安城市大岡にその地名があり、江戸時代は大岡村であった。読み仮名からして、谷部郷が長谷部氏の本拠地で、現在の和志取神社の棟札に「瀬部明神元禄17年(1704)」とあることからも、この本郷の地は、谷部郷と思われる。
現在は宮地古墳1基しか残っていないが、和志取(旧長谷部)神社境内北方にあることから、かつては数基の古墳が周辺にあったかもしれない。
このⅦ宮地古墳から水田地帯越し北西に、いわゆる宇頭の台地が臨める。その中の緑がこんもりと茂ったところが、Ⅵ和志山支群の中心、和志山古墳(写真2)。
それは西本郷町字和志山にあり、矢作川の沖積平野を一望できる碧海台地端に築かれた前方後円墳。明治29年(1896)景行天皇の10番目の皇子にあたる五十狭城入彦の墓に比定され、陵墓参考地となる。以来、宮内庁の管理下にあり、発掘調査は行われていない。
墳丘は前方部を西南西に向け、全長60m、後円部径30m・高さ6m、前方部幅26m・高さ3、4mと推定される。墳丘は一部削られている所も見られるが、ほぼ原形を保っている。後円部頂上は明治29年に宮内省の所管になるまで薬師堂が建っていたので、平坦になっている。墳形は後円部の直径や高さに対して前方部の幅が狭く、高さも低い柄鏡形に近い形をしている(図2)。
現状では外部施設は認められないが、明治年間には葺石が残っていたという。また昭和34年(1959)9月の伊勢湾台風の際の倒木により、前方部北側のくびれ部に近い地点で円筒埴輪片が出土(図3)。すべて土師質で、焼成は硬め。赤褐色または黄褐色。埴輪片29点のうち、野天で焼かれた証拠である黒斑の見られるものが3点。また、口縁部の破片と凸帯部分の破片が含まれている。口縁部は、かなり大形の朝顔形埴輪のものと思われ、端部の器壁が薄く、外面に丹彩が残る。凸帯は高くつくられ、断面は三角形。これらの特徴は、この地方の円筒埴輪の型式の中では古い部類に属している。「みどりNo.96」の於新造古墳、「同No.98」の甲山1号墳の円筒埴輪片にも黒斑があった。
以上墳丘の形態・円筒埴輪の特徴からみて、古墳時代前期末ないし中期初頭(4世紀末~5世紀初頭)と推定される岡崎市内では出現期の古墳であり、全形が残る唯一の前方後円墳である。市内で最も古い古墳の一つで、安城の桜井古墳群と同系列の首長墓と考えられる。
Ⅶ宮地古墳で述べた様に五十狭城入彦皇子を祖と称する三河の有力氏族、長谷部直が西本郷・東本郷・北本郷付近(かつての谷部郷)にいたと考えられることから、明治初期に陵墓の比定がなされた。
名鉄宇頭駅南口から南東方向へ徒歩約10分。市営住宅の東、かなり下った地点に拝所がある(写真3)。階段を上ると柵の向こうに前方部が見えるはずだが、木々に遮られて不明。階段下からその先少し東へ進み、矢作西保育園裏の道を上る。竹藪内の庄屋塚古墳(円墳)を左に見て、蓮華寺墓地の奥に進めば、和志山古墳のくびれ部を見ることができる。岡崎市内に現存する前方後円墳を、季節の良い時に是非確認しに行っていただきたい。
※この記事は2018年04月01日時点の情報を元にしています。現在とは内容が異なる場合がございます。